January 1, 2011

2011

久々に真面目な文章でも書いてみたい。


年頭です。
旧年中はご高覧賜り、ありがとうございました。今年も宜しくお願いします。


一昨年の大晦日に
「来年の目標は、断酒です。」
と書いてあった。
一滴もお酒を口にしなかったかといえば、それは結局無理だったわけだけど、節酒には成功したと思う。酔っ払うということは去年は1,2回しか無かったんじゃないかしら。
胃を痛めたり、薬を飲んでいて肝臓に負担をかけてることを気にして、お酒を控えていたわけだけど、そもそもお酒は味わうものだなと思うわけで。日常的に飲むよりは、ちゃんと飲みたい。
でも、飲みたいって気分になるときはあるわけで、でも去年酔いたい気分にそんなにならなかったりするのは仕事してなかったのが大きいなと思う。酔いたいのは、反動だ。


去年のことを振り返ってみよう。
自分の中を捜索して、いろいろな思いや考えを発見して、言葉を紡いでいって、そういう作業にもだんだん飽いてきて。
塾のバイトなんかを始めたりして、人とか子供たちと接するということがこんなにうれしいことだったんだなと認識したりして。
どんな些細な仕事でも、人の役に立つということがこんなに充実した気分を生むのだということを認識して。
二年前からいる沖縄の時間の流れに、家族の特別感に、やっと慣れてきて。沖縄の日々が日常になって。
と同時に感じるのは行き止まり感。
10月、友人の結婚式で東京に行けたのは本当に大きかった。あの場所にあの時戻ることで総括出来たのだと思う。


それで、大切な人を見つけたところ。
率直に言うと、この出来事があまりにインパクトで去年の他の出来事を思い出せないほどだった。
あまりにぴったりで、何もかもが安心で、それが伝わって。今までのあらゆることが伏線のようで。
この世界を生きて行くのにこんなに心強くこころたのしいことがあろうか。

信じたいと思いながら、何も信じていなかった。
人が二人でいることが自然なことであるということも、解りあうということが可能だということも、同じものを同じように感じることができるということも。
人は独りで生きるものなのだと思っていた。それが真理であると。
安吾が「恋愛は人生の花だ」といっても、散る花を切なく思うより花のない人生でもいいではないかと。
草食此処に極まれりという風情で。花より団子より草。


これまで考えてきたいろんな人生の道中の苦難のこととか、疲労のこととか、自分という存在の卑小さとか、価値の有無とか、世界のこととか、そういったあちこちで悩み考えていたかたまりが氷解していく。

わからないことだらけ でも安心できるの

っていう詩は中田ヤスタカ名言だと思う。
わからないことだらけで、神様にもなんでですかって問い続けて、自分でも考え続けて、見たことがなきゃ劣等感で、理解できなきゃ不安で仕方なかった。
でも、わからないことばかりでも、大丈夫だ。
ここは本当に大きな自分の中の変化なのだけど、神様はいると確信できた。


「安心安心」
――「鉄コン筋クリート」より


遐(はるか)なる心を持てるものは、遐なる国をこそ慕え。
――夏目漱石「虞美人草」より


そういうわけで、スタンスは若干変わるだろうし、そのせいで問題意識も変わるだろうし、そのために更新頻度も変わるだろうけれど、よろしければ今年も何卒よろしくお願いいたします。

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