June 10, 2012

Limit

大人になったなぁと思うとき、というトピックで、テレビの番組をやっていて。

コーヒーブラックで飲むとか、いろいろ出てたけど、どういう時かなーと考えてみた。

で、体力をセーブできるようになった時だなと思った。
まだやれるけど長期的に見てだめになりそうだから8割で仕事から帰るとか、まだ飲めるけどやめとくとか、まだ居たいけど睡眠時間考えて帰るとか、まだ考えられるけど休めるためにやめるとか。
そういうのは「まだやれるけど」とかでは本当はなくて、「まだやりたいけど」なのだ。
やりたいことを素直にやるのはすごく気持ちいいし、できればそれをずっとやっていたい。
でも、人には体力にリミットがあって。

私の好きなゲームで、「moon」というのがある。人生において多大な影響を受けた。
昔あったラブデリック(lovedelic)という会社の出したもので、このあと2作くらい確か作って解散し、それぞれのスタッフはバラバラに別の会社に行ったのだけれど、その行った先でも元ラブデリックの人が多めのプロジェクトで作ったりしたゲームを「ラブデ系」とか言ったりする。
ラブデ系ゲームには行動時間にリミットがある。お腹もすく。ゲームプレイ中に食べたり寝たりしなければならない。時間の概念があって、他の登場人物たちも夜は寝たり、ある曜日には飲みに行ったりする。プレイヤーはリミットを超えて活動を続けるとゲームオーバーになる。普通にFFとかのRPGをプレイしたあとラブデ系をプレイした時に、ああそうか、私たちってリミットのある身体で生きてるんだなあと思った。

リミットのある身体。時間的な。質量的な。システム的な。地球的な。
リミットを意識しないで生きてると、時間的リミットが来るずっと前の段階で体力的精神的リミットを迎え、折角の健康的(であるはずだった)身体をうまく使えずにじっと海の底で空を泳ぐ魚たちを羨む羽目になる。


しかし老けたな。

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